2008年08月04日

8月 august

「今、ここ」に生きる 藤沢優月 夢がかなう不思議手帳より 常に目の前に、 いちばん意味のあるものが存在することを信じる。
時間は時に、悪魔的といえるほど複雑なことがあります。
たとえば、仲のいい友人とふざけ合ったり、笑い合ったりしている時ですら、私は一種の居心地の悪さを感じてしまうことがあります。「分筆はスポーツの一種だ!」と信じている私は、コンプレックスを抱くぐらい規則ただしいライフスタイルを送っています。コンディション作りを欠かさないおかげで、朝早く、就寝も早い。そのため、みんなでお酒を飲もうものなら、かなり早く眠ってしまうのです。「眠ってもいい?」とおずおず聞くと、「付き合いがわるいよー!これからがおもしろいところなのに!」と非難ごうごう。こういう時、なかなか「だって、、、」と言いづらい。その集団にうまく所属できなくて、しょんぼりしてしまうのです。
人間には、どこかに属したい、そして承認されたいという欲求があります。 年齢的には、もうすっかり大人であるはずの私たち。でも私たちの中には、どこかに所属し守られていたいと願う、子供の部分が存在しています。これを、心理学では「帰属欲求」と呼びます。 しかし、よく考えてみると、自分が丸ごとすっぽり完璧に受け入れられる世界などあるのでしょうか。答えは「おそらく、ない」です。 だとしたら、前提自体が間違っています。 「完璧に居心地のよい場所が、どこかにあるんだ」と信じたままだとしたら。あるいは、目の前にある素晴らしいものにちょっとキズがあるだけで、「私の完璧な居場所じゃない」と遠ざけてしまったら。まるで、蜃気楼を探しているようなもの。たくさんの時間が無駄になり、素晴らしいことから自らを遠ざけて今っているのです。

蜃気楼探しをやめる 「楽しい世界があるわけじゃない、ただ、楽しい瞬間があるだけだ」 このように考え直してから、時間を生きるのが楽になりました。 居心地の悪さがぐっと少なくなったのです。蜃気楼ではなく、目の前の時間を、しっかりと見据えるようになったからです。 仕事をしていたら、目の前の仕事に集中すればいい。先のことなど、考えすぎなくともいいのです。 未来の心配など、スケジュール帳に書いて忘れてしまえばいい。友人と10時まで食事を楽しむと決めたら、明日のことなど心配せず、10時まで楽しめばいい。 そして、10時になったら帰ればいい。 常に目の前の「楽しい瞬間」に着地し、甘いワインを味わうように、時間を存分に楽しめばいいのです。 私は、どこに所属できるわけではありませんでした。 ただ、「今、ここ」の瞬間にのみ、所属できるのです。そして、こらからも、常に「今、ここ」に所属し続けてゆけます。 だから予定を入れたら、次にすべきことは、精一杯楽しむこと。 友達を目の前にして、「ボーイフレンドとすごしたいなぁ」と考えるのはやめにして、友人との時間を存分に楽しむ。常に、目の前に、いちばん意味のあるものが存在することを信じるのです。 未来に書けるであろう、いくつもの素晴らしい原稿を忘れ、目の前の、ほころびだらけの原稿と向き合うことを始めたときから、私は夢を現実として生きられるようになりました。どのようなものでも、目の前にあるものが、今の私にいちばん意味のあるものです。 そう認めた時から時間が音をたてて動き始めました。生きていること自体が、一期一会の奇跡になりはじめたのです。 「今、ここ」目の前に、いちばん意味のあることが存在すると信じる。 だって、それが本当は真実なのですから。 今月は、、、 1、どんな蜃気楼が、あなたを居心地悪くしているのでしょうか。たとえば、「女性は結婚できてこそ一人前」という蜃気楼にくるし  められているのなら、その幻想がなくなればどれだけ自由な気持ちになれるのかを、時間をとって考えてみます。 2、「今、ここ」に意識を集中して生きる一ヶ月にします。今月も、行動パターンに変化をもたらすのです。   同時に「今、ここ」で、どれほど未来や過去のことを考えているかを意識してみます。   「こんなところにいるはずじゃないのに」「本当はもっと楽しいことがあるはずなのに」という気持ちで今を過ごしているのなら、  どうやったら「今、ここ」で自分を楽しい気持ちにできるのか、考え工夫します。楽しい気持ちになれるような行動をとり、現実  を少しずつ変えてゆくのです。   一ヶ月かけて、ゆっくりと「今、ここ」に向き合います。もちろん、起こった変化は書き残して起きましょう。



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